武士道中立、理想の時代

豊臣秀吉が、天下を統一してから明治維新までの江戸時代は、日本人が海外に対して「武士道中立」していた理想の時代であったと言えます。
しかしながら明治維新後は、西欧の植民地主義者によって、日本は傀儡国家となり「武士道中立」が保てなくなってしまいました。
明治維新は、日本に西欧の最先端技術と資本主義の思想を吹き込んでくれました。
人々は「和魂洋才」をキャッチフレーズに、渋沢栄一は武士道精神で正しい資本主義の商売を促進すべきだという意味で「士魂商才」を奨励したのです。
日本は、西欧の技術をしっかりと学び取った結果、今日では世界最高レベルへ技術と製品を生み出し、世界第3位相当の経済大国にまで成長する事が出来たのです。
また、第二次世界大戦後のGHQによる日本占領期においては、皮肉なことにコミンテルンのスパイによる、日本共産主義化計画が入り込み、平和憲法が公布される運びとなりました。
この憲法9条と言う条項のおかげで、日本は76年間も戦争をしない平和国家となる事が出来たのです。
しかしながら、西欧文明も共産主義も今の日本にはもう必要ありません。
西洋文明は、特定のエリートだけが社会を支配する「封建主義」、そして「罪を犯す文化」「略奪の文化」「富と権力を求める」文化なのです。
「世界を支配する」という封建主義的な発想で、戦争が亡くなる筈はありませんし、それでは人々が幸せになれる筈がないのです。
また共産主義は「平等社会を求める文化」であったはずが、やはり人間の煩悩には勝てずに、幹部の特権階級による汚職や賄賂が蔓延り、ほとんど全ての共産主義国家が破たんし、上手く行かない事を実証してしまいました。ですから、このやり方も失敗だったのです。
日本の戦国時代は、「平和の国を実現する為の戦争」を行った時代でした。
日本の占領政策、大東亜共栄圏は、「平和を実現する為の支配」であり、西洋的な略奪戦争では無かったものと私は信じています。
しかしながら、アジアの人々はそれを理解する事が出来ずに誤解し、日本への不信感を広げてしまったことも、また事実なのです。
今までの反省から、今後の日本のやり方は、「上に立つ」封建主義では無く、真ん中に立って「見本を見せる」そして「仲介役」に徹するべきなのだと考えます。
そして、それが「武士道中立」の基本となる姿勢なのです。
江戸時代の日本は、鎖国政策によりオランダや中国、韓国を除いて独立、中立の立場を貫いて来ました。
その結果、日本人は、貧しいけれど庶民が笑顔で暮らせる、平和で循環型の理想的な社会を生み出すことに成功したのでした。
ですから、もう一度江戸時代の考え方を取り戻す「お江戸ルネサンス」を進めて行くべきなのです。
「武士道中立」は、武士道精神に基づく考え方ですが、外国人にとって「武士道精神」は、押し付けられ感が出て来るかもしれません。ですから「ヴィジョン」と言う言葉を使うのが良いと考えます。
「武士道精神」と「ヴィジョン」を鍛える為には、できるだけ日本伝統の武道を実践する時間を増やさなければなりません。
小学校では、小学1年生から武道の授業を導入するべきであり、毎年、男女別年齢別で全国民が参加する大会も開催すべきなのです。
種目としては、柔道、剣道、空手、合気道、弓道などから選択できるようにして、これらの私立道場の運営も国家が支援して行くべきだと私は考えます。
さらに海外での活動も支援し、日本への留学生に対しても幅広く体験する機会を設けて、全世界に日本の武士道精神が広まるように、国民全体で盛り上げて行く必要があると私は考えるのです。

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