日本のカースト制度

カースト制度とは、インドの歴史の中でアーリア人の侵略と先住民族の征服によって自然発生的に生まれた封建的な身分階級制度の事です。
世界的にも有名な身分差別で、カーストによる差別自体は1950年に禁止されたが、5000年以上続いた慣習はそう簡単には消えることはなく、階級差別による殺人などが起こっているのが現状です。
日本人は「一億総中流」という言葉に騙されて、今まで国民全体が平等であり、差別は悪い事であり、存在しないと信じて来たのでした。まさに大きな「洗脳」にはまって来てしまったのでした。
ですから、殆どの人が騙されて来た事自体にも、全く気が付いていないのです。
まして知らない間に、カースト制度の中に組み込まれて、自由を奪われた状態に置かれている事にすら全く気が付いていないのです。
現状の日本を、インドのカースト制度と比較してみると以下の様になるのです。
①バラモンはカースト制度における特権階級であり、バラモンを日本で言うと天皇一族などがこれに当てはまるでしょう。他にも神・仏職などの神職に携わる人たちが特権階級にあたるのです。
②クシャトリアを日本にあてはめると、政府上級の役人や大企業の幹部などが当てはまります。
社会の重要なポストを完全に占めており、自らの既得権益を守ることにとっても熱心で、下の人々を軽視して見下すのは、日本でも全く一緒かもしれません。
③ヴァイジャを日本にあてはめると、一般市民や会社の正社員や公務員にあたります。
他の派遣や、請負などの非正規の労働者は、一人前の市民として認めてもらえないことが多く、保険や労災などの厚生制度からはじかれることが多いのです。
つまり、今の日本では正社員にならないと一般的な平民にすらなれないという雰囲気が強いのです。
④シュードラのように、奴隷の扱いを受けている身分は、日本にあてはめると、非正規の労働者なのです。
派遣や請負、日雇いなどの労働者は、今やほとんど奴隷のように扱われており、過労死する人も多く、場合によっては 「名ばかり管理職」や「サービス残業」で賃金すら満足にもらえない状況なのです。
コロナ禍でもハッキリしたように、必要がなくなったら使い捨てられてしまうのですから、まさに奴隷同様なのです。
⑤アチュートは、人間扱いされていない人々だからアチュートを今の日本で言えば、ホームレスやニートやネットカフェ難民なのかもしれません。
ホームレスやネットカフェ難民の方々は、住むところも食べるものも与えられず、健康で文化的な人間としての最低限の扱いをされていません。
それどころか、多くの人は彼らを見下し、ホームレスを暴行して死なせてしまう事件も発生しているのです。
そこで、改めて認識しなければならない事実として、
先ず第一番目には、日本の支配者は大化の改新以来、藤原氏(百済貴族)と秦氏(客家)でした。
第二番目に、「神道」は秦氏が広めた原始キリスト教の流れを受け継いでいる事。
そして「天照大御神」は真の神では無かったのです。
秦氏とは、一般的には秦の始皇帝の末裔と認識されて来たのですが、実際には、イエス=メシア教に改宗することを受け入れたイスラエルやユダヤの部族の事を一般的に秦氏と呼んだらしいのです。
そして第三番目に、藤原氏、秦氏とイルミナティによって、歴史上の政変が仕組まれてきた事。
ですから今後は、それらの体制を一新し、新たなリーダーに期待しければならないのです。
日本の新たなリーダー、そして世界の見本となるリーダーは、オレがオレがで自分達の利益を優先しがちなO2遺伝子や、金拝主義でマナーの守れないO1遺伝子では無く、平和主義のD遺伝子を受け継ぐ者であって欲しいのです。
そして、日本人全体が「武士道精神」に共鳴し、助け合える社会へと導いて欲しいのです。
そして「尾張氏の封印」が岩戸開きのマスターキーになっていると考えられます。
「スサノオ=艮の金神=国常立尊=ルシファー」
賀茂氏の祖はイワレヒコを先導したヤタガラスです。
龍は国常立尊(ルシファー)で、「スサノオ―ニギハヤヒ―天津甕星」のエネルギーであり、竹は日向族の象徴なのです。
「ルシファー、サタン」太陽神「アメン」が封印され、新しい太陽神「アテン」が信仰対象となりました。
アメン(アモン=バアル)は、スサノオなのです。
「ヤハウェ」が太陽神であるなら、この時にヤハウェは「アメン」から「アテン」にすり替わったのでした。
岩戸に隠れた「天照大神」と鬼門に封印された「スサノオ」は同一神であり、『日月神示』がいう「偽の天照大神」とは、太陽神「アテン」であり、キリスト教で信仰されている「ヤハウェ」なのです。
日向族(忌部氏と賀茂氏)が龍(出雲族)の力を封じる為に、日本列島のパワースポットに封印を施した事と一致するのです。
賀茂氏が、海部氏を乗っ取っている事を隠す為に、表の神であるスサノオ、さらにはエンキと言った縄文時代からの神の存在がありました。
以上の様に、日本を素っ裸にした上で、世界の原点に戻り、新たな天皇とD遺伝子を受け継いだ国家体制で平和主義国家を築き、世界中の人々の模範となり、世界中の人々を支援して行く事が、今後の日本人の役割だと考えられるのです。
今までイルミナリティや、秦氏によって行われてきた「封印」と「洗脳」は、本来は法律で罰するべき重大な犯罪なのです。
以前は、テレビCMではサブリミナル効果なる洗脳技法が当たり前のように使用されていましたが、ある時期からマスコミは規制するようになりました。
心理学的にも「洗脳」の手口は明らかになっているのですから、「洗脳」の行為自体を違法とし、厳しく罰する法律を作り徹底するべきなのです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教などの古代宗教の起源を遡ると、最初は縄文文明の宗教であり、西洋ではゾロアスター教から始まった事が判ります。しかし、キリスト教徒らはそれを徹底的に隠して来ました。
また発展の経緯からすると、それぞれの宗教は関連の有る親戚的な存在であり、ゾロアスター教≒ミトラ教≒ユダヤ教≒神道≒仏教≒キリスト教と言う事も出来るのです。
伊勢神宮の外宮内にある多賀宮は、世界最高神・ミトラ神(弥勒如来)が密かに祭られている聖地だと言われており、圧倒的なパワーを持つ超パワースポットなのです。
世界最強の超能力者といわれ、ブルガリア政府の公認を受けているバイオエネルギー・セラピストのヴェラ・コチョフスカ女史は「多賀宮の前で感極まったように膝を折り、ぬかずいて祈った身体に目に見えない圧力がのしかかってくるようで、頭を上げられません。
祈りを終えたコチョフスカ女史は、顔中を涙でぬらしていた。」
コチョフスカ女史によると、「日本は世界のヘソのようなもので、宇宙からのエネルギーを一番ストレートに受ける特別な聖地」だと位置付けているのです。
ですから、日本人は元々ミトラ教信者であるという事も出来るのかもしれません。
そう考えると、日本人がなぜ「平和主義者」「殺生をしない」「12月25日を祝う」のかを、説明する事も出来るのです。
天皇家の家紋の16花弁はら太陽の象徴、ミトラ教の紋でもあります。
ミトラ教とは、もとはアーリア人の太陽神(光明神)であるミトラ神をまつる密儀宗教であり、西アジアではイラン高原でゾロアスター教が成立する前からイラン人に信仰されており、ペルシア帝国の時代に小アジアにまで広がっていました。
紀元前1世紀に、ローマのポンペイウスが小アジアを征服しことを機にローマに伝えられたといいます。
共和政ローマから帝政ローマ時代の価値の混乱した時代、キリスト教は下層民の宗教にとどまっていた時代に、ローマの国家神として祭られたこともあります。
密議の内容は、牡牛を屠り、その脂肪と髄から作られた飲料を飲むと不死となるという類のもので、ローマ帝国でキリスト教が公認される紀元前3世紀には、ミトラ教(ミトラス教)はローマの神々と融合し、帝国各地に多くの神殿が造られた。しかし、女性の入信を認めないなど、普遍的な信仰となる条件が無く、キリスト教の台頭とともに衰えました。
ミトラ教は、ヘレニズム・ローマ世界で主に紀元1世紀から4世紀にかけて、キリスト教と並ぶ救済宗教として絶大な支持を集めていました。
ミトラ教こそ、キリスト教のルーツであり、ユダヤ教以外でキリスト教オリジナルとされている儀礼、例えば洗礼や聖餐など、そのほとんどを生み出しているからなのです。
そしてミトラ教には、キリスト教が備えている救済宗教としての神話も神学も密儀も、全て備えていました。
イエス・キリストに当たる救済者すなわちメシアは、ミトラ神そのものでした。
ですから、キリスト教徒にはミトラ教の存在こそが、最も触れられたくない異教のひとつなのです。
初代のキリスト教会は、ミトラ教を激しく弾圧しました。あまりにも両者は似ているため、キリスト教徒達は、ミトラ教を指して「悪魔がキリスト教を模倣してつくった宗教だ」と悪魔教扱いをしたのです。「もしキリスト教がなんらかの致命的な病によって、その成長を止められていたならば、恐らく世界中がミトラ教になっていただろう。」
ミトラ教を再評価したユリアヌス帝の死後、ローマ政権と結んだキリスト教による一元的な宗教支配体制が着々と押し進められていきました。
そして西暦392年には、ローマの伝統である宗教的寛容さを打ち切る旨の勅令が出され、国の祭儀として行なわれていた古代ローマ時代から続く儀礼への国費補助が打ち切られました。
そして、ミトラ教をはじめとする異教の神殿は破壊され、それまでミトラ神の洞窟神殿だった聖域上にキリスト教会が建立されたのでした。
その後ミトラ教は、東方に活路を見いだし、ササン朝ペルシア(226年~651年)を経て、唐(618年~907年)に伝わり、景教と呼ばれました。
長安の大秦寺の「大唐景教流行中国碑」にその経緯が詳しく彫り込まれています。
「明の創始者である朱元璋(しゅげんしょう〕は弥勒教(ミトラ教)を支持基盤として皇帝になったのだが、天下を取った後は手の平を返し弥勒教(白蓮教・明教など)を厳しく取り締まった。
そのため、弥勒教は秘密宗教という形態をとるようになり、清代になると、弥勒教系の秘密宗教と秘密会党が多数生まれた。弥勒教系結社は、禁じれば禁じるほど反対に盛んとなり、王朝とは別の勢力を形勢し、たびたび大規模な叛乱を起こした。
中国第一歴史档案館の記録によると、清代における民間の秘密宗教の数は215にも達し、紅幇・青幇などの秘密会党も全国的に流行した。」
弥勒は、政府の弾圧の中で福建省に逃れそこで地下に潜るのである。
「朝鮮半島の花郎(ファラン)は、弥勒尊を祭神としていた。花郎の弥勒尊は、朝鮮半島から弥勒像とともに日本に持ち込まれ、聖徳太子に大きな影響を与えた。」とあります。
「これらは、朝鮮半島の花郎の強い影響のもとで、弥勒信仰の中にまとまりました。
弥勒信仰は、弥勒の化身とされる空海の密教と役行者の修験道という二つの流れを生みました。
また第三勢力として、陰陽道・道教をとりこんだ天台系の北斗妙見信仰が成立し、密教・修験道とともにミトラ教の諸要素を伝える三大勢力の一つとなったのだ。」
392年にローマ帝国の皇帝テオドシウス1世によって始められて以来、残念ながら、宗教は権力者の政治の道具に利用され続けて来たのです。
日本では、大化の改新以降、仏教で民衆を纏める方法が取られ、それらの方向性は鎌倉時代、江戸時代と続いて来ました。
織田信長の時代には、イエスズ会によりキリスト教が持ち込まれ、これ政治的に利用する気運もあったのですが、豊臣秀吉によって抑え込まれたのでした。
ところが明治維新の際には、「悪の輩」は、キリスト教では無く、「国家神道」を人民を統制するために利用しようと考えたのでした。
敗戦後には、GHQによって「国家神道」解体とキリスト教解放政策が行われたのですが、日本人は結局、惑わされる事無く、独自の思想と宗教観を持ち続けて、今日に至っているのです。
なぜ宗教を使うのかと考えると、その答えは簡単に全体を動かせることなのです。
宗教組織として既にまとまった大きな団体だから、その長に命令を下す事で手間が省けるからなのです。
また、「洗脳」もし易く、新たな支持、命令に簡単に従わせる事が出来るからだと考えます。
宗教は、理念のために自分の命を捧げることを高く評価するという価値観が有ります。
自分の命を捨てる覚悟をした人間は、目的の為には平気で他者の命を奪うのです。
それらを逆手に取れば、「戦闘員」として非常に都合の良い条件を満たしているという事になるのです。
例えば、オウム教団の起こした地下鉄サリン事件のように、カルト宗教の教団員が「洗脳」されて、殺人テロ集団に変貌するという事件が現実に起こったのです。
もしそれらが、政治的な活動に利用されてしまったら、本当に恐ろしい事態となります。
また、宗教組織が政治活動に関与するといった問題も、オウム事件と同様な問題に発展する危険があるので、私達日本人は、神聖な宗教を政治の場面に持ち込む事を厳しく監視して、「悪の輩」の思い通りにはしてはいけないのです。
そもそも、宗教団体に加盟している人々は、社会的な弱者で、宗教に「救い」を求めている人々も多いのです。そのような人々の、純粋な人々の気持ちを踏みにじるような行為を、私たちは絶対に認めてはならないのです。

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