ジャイアン嫌いの国民性

藤子・F・不二雄氏の漫画作品ドラえもんに登場するガキ大将のジャイアンなのですが、日本人にとってジャアンのキャラクターは、反面教師のような位置付けであり、決して真似をしてはいけない存在を示しているように思えるのです。
ジャイアンは大きな体を良い事に、人の上に立って皆を押さえつけて意地悪をする性格だからなのです。
そして「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」という具合に、人のモノを強奪しても平気でいられる傲慢な態度が、日本人には絶対に許せない存在なのです。
反対に、ドラえもんで日本人が思い描くリーダー像とは、決して出しゃばらず、争いを好まず、たとえ結果が駄目でもコツコツと真面目にやる「のび太」君のような姿なのです。
それに対して、米国などではスーパーマン、アイアンマン、スパイダーマンのように力強く勇敢に戦う戦士こそが理想のリーダーなのです。
おそらく力づくで悪を抑え込む(トップダウン型)の戦う勇者でなければヒーローにはなれないのでしょう。
それがまた、彼らの歴史そのものだからなのです。
日本では、初代天皇でおられる神武天皇のお言葉「家族国家」の建設こそ、日本建国の原点なのです。それは間違いなく「家族主義」を指しているのです。
例えば、人が無人島で、一人で暮らし、人は一人きりで幸せになれるでしょうか?
答えは明らかにNoなのです。
また、人と共鳴するのが人間の本能だとしたら、やはり家族主義の方が本来の自然な姿ではないかと考えます。
もし悪い人間が近くにいて、なにか善い事をしたいと思ったらひとりになりたいかもしれません。つまりそれは、悪から逃げるという選択肢なのです。
ところが、周りが良い人ばかりであれば、逆に人々は自然と集まって来る筈なのです。
ですから、「プライバシー」が過度に必要な社会はひょっとして、良くない社会なのかもしれません。
さらに言うと、思い遣りと気遣いの出来る社会こそが理想の社会なのではないのでしょうか。
1)誰にも干渉されない、一人の時の安心と自由感
2)気使いの鬱陶しさと、共有できる安心感
3)プライバシーとは何か?
サミュエル・D・ウォーレン氏とルイス・ブランダイス氏によって提唱された、「そっとしておいてもらう権利」の事です。
アイデンティティとは、「人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、自己を自己として確信する自我の統一を持っていること」と説明され、「本質的自己規定」を指すのです。
「私が私として存在する意義」の事なのです。
ところで、私がドイツの会社で働いた経験から感じる事は、日本人とドイツ人は非常に良く似た優秀な民族だという事なのです。似ている理由としては、両国民の一部が同じアーリア人系の血を引いている可能性が有るのです。
しかしながら、決定的に違う点が一つあります。
それは仕事場での個室と大部屋の違いでした。
日本人は、協業を大切にするために、大部屋で仕事をすることを好みます。
ドイツ人が日本の自動車メーカー、ホンダの栃木県にある開発研究所を観て驚いたのは、何百人のチームになっても見通しの良い一つのフロアーで全員が一斉に仕事をしていたことなのです。
そして一人一人の仕事スペースがとても狭く、両隣とも密接していることがドイツ人にとっては信じられないようでした。一方でドイツ人は専門性が高い仕事の職人職ほど、個室にこもって仕事をするからなのです。
しかも広々とした贅沢なスペースが与えられているのです。
独創性を生かす為には「一人で集中する空間」が大切ではないかと、誰もが考えがちなのです。
しかしながら「心眼」で本質を考えれば、そうでない事にも気が付く筈なのです。
「一人になる事」が重要なのでは無く、「自分の内面としっかりと向き合う事」が重要なのです。
ですから、必ずしも一人である必要は無いのです。
ひとりになるとホッとするのは、ほんの気休めに過ぎないのではないかと私は考えます。
禅の修行で座禅を組む時にも、大勢で一斉に行うのが一般的だからなのです。ですから、「個室」にいると集中できるような気になり、「環境を変える」ことが、気付きのきっかけになる事も確かにあることなのですが、必ずしも「個室」が絶対に必要な訳ではないのだと考えます。
もしどうしても「個室」が必要ならば、トイレに籠ればそれで十分だと考えるのです。
そんなわけで「個」のアドバンテージは、我々が想像する程大きく無いように考えられるのです。
むしろ集団や大家族のアドバンテージの方が、ずっと大きく、「ヴィジョン」の共鳴や「平和」の実現が、より大きなエネルギーを創造し、全体的にプラスになる要因が大きいのではと考えるのです。
例えばジェームス・ラブロック氏が唱えた「ガイア仮説」では、地球全体があたかもひとつの生命体のように自己調節システムを備えている、と考えているのです。
ですから個は、個だけで生きていく事は出来ません。
世の中全体は、全て連動しているのですから、個と言うものはそれだけでは存続しえないのです。
ですから、今後の日本人の方向性としては、核家族には拘らずに、大家族主義の復活を応援して行きたいのです。

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