行間を読む 67

「行間を読む」為には、視野の広い子どもに育てなければなりません。視野が狭く、井の中の蛙になってしまうと、「行間を読む」ことは出来ないからのです。
「行間を読む」の意味は「文字で直接表現されていない、筆者の本当の気持ちや意向を感じ取ること」だからなのです。
「行間」は「行と行の間」、「読む」は「隠されている意味や意図を推測すること」を表します。
文字では書かれていない部分や、言葉では言い表せていない部分を汲み取る場合に用います。
相手の言い方や顔つきから、本当の気持ちや意図を読み取ることが「行間を読む」ことの意味となります。
これらは目に見えないモノを扱う話なのですが、著者が実際には書いていないのに、伝えたいことを読者が察して理解しなければならないと言うことなのです。言わば、「忖度」みたいなモノで、自分から相手の言いたいことを推し量ることを言うのです。
これらの能力は、まさに日本人が得意として来た感覚なのだと考えます。
国際会議の場合には、会話の行き違いが生じること、その為に問題が起こり、不安定な場が生まれることを回避する為に、シンプルでハッキリとわかりやすい会話をすることを心掛けるのが一般的になりますが、日本人の場合は、逆に会話の行き違いや、問題を根本的に避ける為に、あえて行間や場を読むことが一般的となって来たのです。
行間や場を読む為には、一度客観的な立場になって状況を俯瞰してみる必要があるのです。より慎重になって状況を深く分析することで、間違った判断をする確率が減るからなのです。
「行間を読む」のは文章の場合で、「空気を読む」は日常生活等で実際の会話の場面になります。どちらの場合にも、その場の状況や相手に表情や態度などが情報となります。
そして、情報が少ない分、「空気を読む」よりも「行間を読む」の方がさらに難しく感じる筈なのです。日本人は、その様な習慣から冷静に分析する能力を育てて行く智慧を生み出したのだと私は考えます。
変化を嫌い、安定した人間関係や伝統を守るスタンスに立つ場合には、とても有効な姿勢だと考えます。
しかしながら、新しいことを始めたり、視点を変えなければならない際には、障害になる事が有ることを忘れてはいけません。「行間を読む」能力に長けている日本人だからこそ、新たな時代への障害を乗り越えて、世界を説得して行くリーダーシップを発揮出来る可能性が高いのではないのでしょうか。

そして、私がブログに書いている毎日のテーマを必須課題だと意識して1番から365番まで、実行してやり遂げた先には、お子さんたちの大きな成長と進化がカタチになって現れて来ている筈ですので、それを楽しみに毎日のテーマとその課題に、お子さんと一緒になって全力で取り組んでみてください。

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