武道 45

「武」と云う字は、「二」と「戈」と「止」の三の文字が組み合わされ、「二つの戈(ほこ)を止める」という意味を持つ会意文字なのです。
武の意義は、決して争闘を求めたり、敵を殺すことではなく、人と人との争いを止め、平和と文化に貢献する、和協の道を表した道徳的内容をもつものなのです。
武道とは「武の体」と「武の用」を合致させる道のことであり、武道の本質とは格闘の技術を修行鍛錬することを通じて、精神・肉体ともに健全な自己を確立することと共に、社会的にも積極的に不正や悪と戦っていける勇気と行動をもった人間を作っていく「人づくりの」大道なのです。
武道の本質というのは、己に克ち、自己を確立し、人を生かして我も生き、人を立てて我も立てるという「自他享楽」の理想郷を実現する道なのです。
したがって、真の武道のあり方は、人を倒し、人を殺す技術を修める道としてではなく、「己を修め、己に克ち、人を生かして、己も生きる」という済世利民の道でなければならないのです。
ひとたび「道」と言う漢字が入ると、それは単なるスポーツや文化を超越した、修行の道を意味することになるのです。修行と言うことを考えて柔道や茶道を考えると、よりその本質的意味を理解出来るようになるのです。
そのように考えると、日本の国技相撲は、神聖な神事であり、かつ相撲道であることがわかります。
またアメリカのベースボールと日本の高校野球との違いは、日本の高校野球が単なるスポーツでは無く、野球道だと言うことも理解出来るのです。
それがわかれば、なぜ頭を丸めなければならないの? なぜ5打席連続敬遠してはいけないの?なぜサインを盗んではいけないの?なぜ判定に抗議してはいけないの?と言った疑問は出て来なくなるのです。
英語のDOは行動することを意味しますが、日本語の道は修行を意味するのです。
私はプライベートでfightdoと言う格闘技系のエアロビクスを楽しんでいますが、アルゼンチン発祥のエクソサイズなのです。
名前にDOが入っているように武道的な動きや呼吸法、挨拶が取り入れられており、個人的には楽しむ修行のように捉えて活用させてもらっています。

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